悔しい少年

「自分はもっと頑張れる」


「もっと実力があるはずだ」

「何回でも、何歳になってもチャレンジしたらいいじゃないか」

「きっと、私だってヒーローになれる」

ヒーロー



そんな気持ちは、少しずつ小さくなっていって、

ヒーローは限られた一部の人間にしかなれない、って気づいて

どれだけ頑張ったって、報われないことのほうが多いって

大人になってから分かってしまう。





でもね、ヒーローって目指すものじゃないんだよ。

気づいたらね、勝手になってるの。ヒーローって。





ノーベル賞を取る人は、

ノーベル賞を取るために何かをひたすら頑張っているわけではなくて、

一つのことを見つめて、ただただ、ひたすらに向き合っていたら

勝手に皆に認められちゃうんだな。





・・・すっごい上から目線な発言をしてしまったけれど、、、





私も、かつてものすごくひたむきに頑張ったものがあった。

それは、

有名になりたい、とかじゃなくて

カッコいい、って思われたかったわけでもなくて

ただ、興味があって挑戦し続けていただけのこと。

何回も挫折を繰り返して、

でも誰にも弱いところを見せたくなかったから

辛い時には家で泣いてた。





運が良かったことに、

私の場合はそのチャレンジが認められて、

ものすごーーーく、皆から褒められて、

なぜか新聞にまで載っちゃって、

ラジオにまで出ちゃって。



でも、どれだけすごいことをやったのかなんて

当の本人である私には全然わからなかったの。



だって、やりたいことをやり続けただけだったから。





学生の頃の話だから、もう10年も前のことだけど、

今でも何がすごいのかはわからない。

でも、当時を知っている人たちからは褒められる。





なぜか、大学内でちょっとした伝説化現象が起きていて、

「当時カッコいい学生がいた」


って話だけが広まっていて、時々困惑してしまう。




特に、今、私は仕事も趣味もうまくいっていないから、

昔の話をされても、余計につらい。



当時お世話になった方から、

「あのチャレンジから10年が経って、さらに学生たちは頑張っているよ。

 ゼロから立ち上げた君に対して、みんな敬意をもっているし、
 
 誇りをもっている。

 どんな生き方でもいいから、胸を張って、凛として生きて欲しい。」



ってメールが来て、思わず泣いてしまった・・・


だって、こんな自分、こんな情けない自分を後輩たちに見せられない、って思ってしまったから。





あの時の真っすぐな気持ちなんて、もうないよ。。。

転んだ時の痛さを知ってしまったから、

もう転びたくない・・・



10年前は、転んで傷ついても「いつか治るから」って前を向いていたけれど、

今は、「治らないかもしれない」って思ってしまう。

仕事でいっぱいいっぱい


でもきっと、心の奥底では

「私はまだ頑張れる」

って思っているんだと思う。




戦って傷ついた心と体は、

少し休めば治るんだろう。


・・・10年前ほど、復活力はないだろうけど。。








目の前は、未だにまっさらだけど、

一歩ずつ進めば、どこかに光は見つかるのだろう。

光




誰だってヒーローになれる。

何回だって、ヒーローになれる。

何歳だって、ヒーローになれる。



そのためには、やっぱり一歩ずつ進まなくてはいけない。

つまづいて転んだり、デッカイ岩が転がって来るかもしれないけど、




それでも、一歩を進めよう。


きっとどんでん返し的な未来が僕を待っている

血まみれからの方がさ 勝つ時にはかっこいいだろう

だから今はボロボロの心を隠さないで 泣けばいい




"週刊少年ジャンプ" by RADWIMPS
 



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